自由と規律

BABA

俳人 小林一茶の生家は私の自宅から北へ車で40分。

たしかに、冬は振る時は今でも1mの雪が。だから、昔はもっと多かった。

地元の新聞によると、誕生200年記念。「これがまあ終の棲家か雪五尺」

「雪解けて村一杯の子どもかな」。そういえば、私の実家でも、私が5歳のころ、道路に50センチ程の雪が降り、竹スキーで遊んだことを思い出す。一茶の母は早くに亡くなり、継母との確執があったということは聞いていたが、それが、15歳で江戸へ奉公に出されたとは驚きだ。軽井沢、高崎を超えて200キロの道のりを歩いて7日間の旅。そこで私は時代をさかのぼる。幕末当時は、とうぜんまだ、電車はなかった。直江津軽井沢間の鉄道敷設は明治21年。では、自転車の普及はどうかと調べると、明治の初頭に輸入。自転車と言えば、昔のニュース映画に、中国国内では、大ぜいの勤労者が自転車で出勤する光景が、今でも目に残る。それが、今では北京の街は華やかな外国車がノロノロ渋滞。ところで、中国、韓国そして、タイ国などの近隣諸国はどこも、高層ビルが立ち並び、街は大発展。そして、時は今、円安効果で、大ぜいの外国人旅行者が、日本へ来るは来る。たとえば、コンビニ店内の商品の充実ぶりに歓喜。でも、さいきんのニュースでおもしろい記事が。スイス人御夫妻はタバコの喫煙場所を探すのに、ひと苦労。夫人は嘆く。「日本は自由が、たくさん制限され窮屈だ」。しかし、外国人は他人のタバコの匂いが気にならないのだろうか。